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人生15 『天寿』って何なのさ?-人生カテゴリ了-


Edit Category ◆人生◆
■『天寿』
■『高齢者病死』
■『安楽死』
■『孤独死』
■『高齢者災害死』
■『高齢者事故死』
■『高齢者自殺』   


上記は「死」のほとんどを含んでいるが、何か違いがあるのだろうか。イコールでつないでも良いのではないか。よく分からないな。
これらの「死」の差異など、どうでもいいような気がする。
ジジイとババアの「死」など、どうでもいいような気がする。
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『高齢者病死』
大体これでみんな死ぬ。苦しんだり、苦しまなかったり、ボロボロになったり、ボロボロにならなかったり。
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『安楽死』
この制度に、賛成だが、自殺と近似性がかなりあるので、抵抗が多いかもしれない。でも、一度導入されれば広がるのも早いし慣れるのも早いだろうと思う。
ネーミングセンスが珍しく抜群だ。
安楽死のためのスイス渡航者、5年で611人に-2014.8/21 by yahooニュース
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『孤独死』
別に大して孤独ではないだろう、一人で死んだものの総称化なのか。結婚せずに独り身で死んだ人間。家族と離れたり、別れたり、先立たれたり、そんなケースはいくらでもあるだろう。そんな人々を刑務所みたいに孤独所とか何とかでも整備でもして集団生活させればよいのか。そんなことはないような気がする。1人暮らしを楽しんでいる人も中にはいる。ただ、死に早く気づく存在の人が、死んだときにいなかっただけだ。例えば、海外に子供が長期旅行中で、家で留守番してたおじいちゃんが1人で部屋で死んでいたら孤独死なのかな。これは違うのかな。身寄りのない独り身のジジババだけの話なのかな。孤独死は、どこまで孤独なのだろうか。まあ、死に往く寂しさは確かに存在しているとは思う。
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『高齢者災害死』
東日本大震災とか、台風土砂崩れとか、いろいろであっという間に死ぬ。介護問題ゲームクリア。
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『高齢事故死』
ちゃんとした相手に車で轢かれて死ねば、一番お金が遺族に入るし、別記事記載のとおり、遺族にとっては最高の死なれ方。介護問題ゲームクリア。【お金の話カテゴリに関連記事掲載】
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『高齢者自殺』
私が20歳の時、好きだった父方の祖父が70歳過ぎで、自宅敷地の納屋で首を吊ってしんだ。死ぬ2週間前に電話で話していたのに。それが最期の会話だった。何も不安を抱かせない通常の会話だった。でも、私は祖父の自殺が悪いことだとはまったく思っていない。地獄に行くとか、まったく思っていない。すでに、10代の時期に同級生で自殺者が数人いたから、そっちの方が強烈な自殺だった。「あれ、老人も自殺するのか、戦争に耐えれたのに」とは思った。祖父は戦争で海外へ渡り、命令に従い、おそらく何人もの中国人だかアメリカ人を殺してきたはずだ。腕には弾丸が入ったままだと言っていたこともある。戦争の話が好きな年寄というのはいたが、私の祖父はまったく戦争の話をしなかった。それは個人的には、中国人だかアメリカ人を多く現実に殺してきたからだと思っている。軽々しく戦争の話をする人間は、戦争に行っただけとか、空襲を受けたとかというだけで、現実に多くの人を殺していないから、昔話として話せるのだとある時期から思うようになった。とにかく辛い思いをしたはずだが、戦中、戦後を耐えたのに平和な時代に特に家庭内などの問題もないのに自殺したのは意外だった。20歳で自分の祖父に自殺されるのは、いろんなことに我慢して生き抜いて、子育てを仕上げて、その後に老人へとなっていくことの無意味さを暗示されたようで、複雑な心境には当然なった。自分が自殺する家系の一員なのかなとも思った。当時、自殺する家系、次々と連鎖のように家族が自殺していく場面が描かれた小説をすでに読んだことがあったから。実際、精神病的な家系の問題も若干あるのかもしれない。私の父親はまあまあな精神病的要素を持っているし、父親の妹、つまり叔母さんは鬱病に苦しんでいたし、私はその精神病的要素がはっきりとした色彩で発現してしまい、非常に迷惑している。祖父の妹も昔に自殺していたと後から聞いて知った。どちらにせよ、70歳を過ぎていたし、健康だったが介護問題を残さず死んだから、そういったことはもしかしたらだが、偉いと評価されても良いのかも知れない。若年層の年金負担率を減らしたのかも知れない。だから、日本の75歳以上くらいの老人が全員自殺すれば、年金問題は綺麗に解決するので、その年齢層の老人は静寂な精神的落ち着きをもって全員で大和魂により自殺すべきだ。とかまでは言わないがこれは正論の一つではある。しかし、妻のお婆ちゃんは90歳くらいで、小さくて可愛いので自殺を禁止する。とにかく、高齢者自殺は、介護問題ゲームクリア。
米の15歳少女自殺、レイプ画像がネットで拡散 少年3人逮捕 by2013.04.13CNN.ne.jp
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『天寿』
天寿とは老衰死のことであろうか、それとも病院で死ぬことであろうか、それとも自宅で家族に見守られて死ぬことであろうか。そういった定義は大した問題ではない。

私は、祖父母が20代までに全員死去している。死去原因は、母方の祖父は病院で癌死去、祖母は母親などと一緒に私も中学生時に自宅介護したが舌癌と脳梗塞による衰弱で死去、父方の祖父は私が20歳の時に首吊り自殺、祖母は介護施設入居で老衰で亡くなった。

私が知っている『天寿』を最後に一つ記録する。
私が小学2年だか、3年だかの時、遠くの他都道府県に住んでいた母方の祖父が60歳前半で、癌で病院で死んだ。モルヒネなどの使用が規制されていただか何だか知らないが、ずいぶん暴れて苦しんでいたと母親が言っていた。遠くに住んでいるためほとんど見舞いにも行けなかった。私は正社員で忙しく働いていた母親を軽蔑した。「なぜ、自分の親が死ぬのに死ぬ時に一緒にいなかったのか、なぜ私を祖父の死に目に立ち会わせなかったのか、そういったことはおかしいのではないか」と小学生ながらに思った。当時は、まだ働くということが理解できていなかったから、当然の発想の一つだと思う。祖父が死んで祖母は独り暮らしとなった。祖母は40代で舌癌になり、舌が半分ぐらい切除されていた。話すことが大変そうだった。私をとても可愛がってくれていた。だから祖母のことが大好きだった。祖母の薬を包む食べれるラップみたいな医療用の丸い紙をもらって、祖母を見ながら、面白い遊びをするように笑いながら良く食べていた。祖母は私が小学6年生だかの頃に、また舌癌を再発させ、舌をされに切除して、舌が少しだけになった。あまり話せなくなった。そして中学1年生だかの頃に、階段で転げ落ちて脳梗塞となり、左半身全体がほとんど動けなくなった。独り暮らしで、母方は女姉妹だったので、珍しいことかも知れないが、母方の祖母を私の実家で介護することになった。祖母は知り合いがいない私の実家に来ることを以前から、「知り合いがいない知らない土地に行くのは嫌だ」と拒絶していたそうだが、脳梗塞になったことで、あきらめて、私の実家にくることになったらしい。それが中学校1年のいつ頃だったか、もしくは中学2年の初めころだったか覚えていないが、最終的には中学3年の春先だか夏前に死んだ。私はその頃、荒れていたが、幼少期から私を可愛がってくれた祖母の前では純粋に素直だった。祖母は最初を左半身を引きずりながら、リハビリで外を散歩したり、自宅で右手だけで料理を作ってくれたりしていた。元々、舌癌の影響でほとんど会話が出来なかったが、そのうち、筆談だけの会話となった。祖母は昭和初期の生まれだが、当時としては珍しく身長が160cmちょっとあり、顔が小さく、モデルのようなスタイルをしていて、本当に素敵なおばあさんだった。祖母の体調はいずれ、崩れていき、本格的な介護が必要になった。介護用のベッドを用意し、器具が部屋に揃うようになった。父親は他都道府県外単身赴任中でほとんど家にいず、母親も正社員だったから、ホームヘルパーさんに平日は毎日来てもらっていた。医者の訪問診療だかも定期的に受けていたと思う。当時は、介護問題は社会的に注目されていなかったので、密室で介護するような閉塞感があった。母親は、「共働きだからやっていける。お金がすごい出ていく」と現実的な話を私にしたことがある。祖母はほぼ動けず寝たきりとなり、痰がのどにつまるので、よく痰をとる機械で、私は祖母ののどから痰をとっていた。トイレも立てないので、部屋に簡易洋式トイレを置き、そこまで担いで座らせてトイレをさせていた。私が、自宅に独りでいるときは、それは私にしか出来ない仕事だった。だから、私は1人で祖母をベッドから担ぎ、トイレに座らせ、ズボンとパンツを脱がし、そして用を足すとおまんこを拭いてあげる仕事をしていた。祖母は舌がないのでほとんど話せないから、とても申し訳ないような悲しいような顔をして黙っていた。私も悲しい顔になり祖母のおまんこやお尻を拭いていた。それは、私にとっても祖母にとっても互いに哀しい作業の一つだった。私が物心ついてから、初めて見た女性のおまんこ、初めてティッシュで直接拭いた女性のおまんこは祖母のおまんこだったということになる。こういった作業は、介護の揺らぐことのない現実の一つだ。いつ頃におしめに切り替えたのか、切り替えなかったのかは覚えていない。やがて、祖母は苦しい咳を何度もするようになり、痛みに苦しみ、この頃、モルヒネが打てるようになったのかどうか知らないが、モルヒネを打つことで熾烈な痛みから解放されていた。モルヒネによって地獄の苦しみから解放されていた。その頃には完全な寝たきり状態となっていた。朝も昼も夜も寝たきりだった。正直何十年も生き伸びてもらっても困る状態だった。お金がどんどん消えていったようだから。ある状態に到達したら、人間は早く死ぬべきだと、率直に言って今では思っている。当時の食事は流動食だったと思うが覚えていない。そして何か月が過ぎ、中学3年の春先だか夏前に、状態が悪いので定期的に医者の診療を受けていたが、ある日に自宅で、医者から「間もなくです」というように伝えられた。母親と私と医者と、他に誰かいたのかは覚えていない。休日だったか、授業が終わったあとだったか、授業を抜け出してきたのかは覚えていない。祖母を見つめた。祖母はこちらを見て、何か言おうと口を動かした。もう、普段から話すことはできなくなっていたので、それで充分であった。そしてそのまま、静かにスーっと息を引き取り、そのまま意識が消失し、あっという間に死んで遺体に変貌した。人の死に目を実際に、自分の目で見送ることは現実社会において、医者、看護師、介護職といった医療業務においても終末期医療に関わる人々でなければ、とても難しいことだ。小さな偶然と小さな幸運の重なりがなければ、人の死に目を見送ることは不可能だ。祖母は、それを見せてくれた。祖母の死は、とても静かな死だった。それは、とても静かな死だった。あの死を私は忘れることはない。『天寿』と『自殺』の違いは何かを、たまにぼんやりと考える。あれはあれで、素晴らしい死だった。あれは、私が知る唯一の『天寿』と呼べるものだった。
















■■■「自殺」と「寿命」と「安楽死」■■■

個人的にはテロなどに巻き込まれて殺害されたり、戦争で残酷に肉体を刺されたり、引きちぎられたり、爆弾の直撃で破壊されて死ぬような未来が現実的に存在するようになったら、殺される前に■■■■■■■による安らかな自殺を選択したい。■■自殺に代表される■■■■■■■は、死を選択して能動的に首吊りをしたり、飛降りたり、リストカットしたりするいかにもな自殺と比較して、「安らかに死を待つ」受動的な緩慢な自殺だ。私が知る限り最高に安らかな自殺だと思う。純粋に大雪の日に寒くて山小屋で暖をとっていただけのグループが、この■■■■■■■で全員死亡した事故が昔あった。死ぬつもりがない人々が知らず知らずのうちに全員死んでしまった。あまりにも安らかな死への方法。でもこの方法を他人に勧めることは不健全だからしない。焼酎を飲みながら■■で上質な高級焼肉でもおなか一杯食べながら、知らぬ間に意識を失い、意識を喪失し、安らかに肉体を遺体に変貌させて、どうでもよい人生に、晩餐の喜びを味わいながら、つつましく贅沢に「さよなら」を告げたい。 ぐっすり眠りについて、もう二度と目を覚ますことはない。
これは、自殺ではない、もっと優しいもの、安らかなゴールを自己選択した死、畏敬の念を抱かれるべき「安楽死」だ。病死と衰弱死と飢餓死と自殺死と孤独死と天寿死と事故死と災害死のごちゃごちゃの中で、もっとも信頼のおける死の形、それが、■■■■■■■による「死」ではないかと思っている。それは、医療従事者に無駄な面倒を依頼せずに済む自発的な「安楽死」だ。■■■■■■■は安らかな「安楽死」じゃないのかな、と現時点では思っている。
寿命まで耐えきれないときは、これで逝く。賠償金が発生しないように、第三者を巻き込まないように、後遺症が残ると大変だから確実に逝けるように、家族がもし自分にとって大切な存在ならばなるべく悲しませないように、いくつかの条件を抑えておいて、なるべくミスを残さずそして逝く。だめなら、毅然と、またはうんざりして、寿命を受け入れるしかない。







■■■■■■

生続or自殺⇔人生GAMEさようならまで記録
LET’sFUCK!

2014.1/1 ✪37⇒SAFE
2015.1/1 ✪38⇒SAFE
2016.1/1 ✪39⇒SAFE  
2017.1/1 ✪40⇒SAFE 「よく耐えた、何とか続けた、辿りつけると思わなかった」
.......記録はこれで終了とします。さよなら。
  
2018.1/1 ✪  ⇒
2019.1/1 ✪  ⇒
2020.1/1 ✪  ⇒

2021.1/1 ✪  ⇒
2022.1/1 ✪  ⇒  
2023.1/1 ✪  ⇒
2024.1/1 ✪  ⇒
2025.1/1 ✪  ⇒
2026.1/1 ✪  ⇒
2027.1/1 ✪50⇒

2057.1/1 ✪80 ⇒「さいなら」
2077.1/1 ✪100 ⇒「さよ、おなら」


■■■■■
人間の致死率は産まれた時から「100%」に設定されています。
たいていの人には、どうでもよいことのようだけれど。


「死を天寿なり寿命で迎えたい」、
という願望はいちおう自分の中にはっきりとあります。
自殺には、なぜか哀愁が漂うから。

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人生って終わるまで長すぎる
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