スティル✪ライフsuicide

ようこそ「私の世界」へ  【死】・【生】----【人生】・【仕事】・【会話】・【お金】・【病気】■■■宗教死ね・スピリチュアル死ね・自己啓発死ね・綺麗事死ね

 

スポンサーサイト


Edit Category スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

病気8 躁鬱病ブログ村に期待すること


Edit Category ◆病気◆
私個人がブログを眺めていて特に期待していることは、以下のことです。(躁鬱病に限定してです)
 1 長いスパンで果たして前向きに人生を過ごすことができている人が存在しているのか
 2 寛解期(社会的回復)は最長何年くらい続くのか
 3 自殺せずに老後を無事過ごしている年配同病者がいるのか
 4 正社員で退職せずに約40年、30年と働いて定年退職できた人は存在するのか。
 5 収入源はどうなのか(正社員、非正規社員、共働き、障害者年金、生活保護、実家…)

(自己診断で躁鬱っぽい人は除きます。診断書で躁鬱病を病名記載された完全な躁鬱病精神疾患者の方が辿った人生の足跡が知りたいです。)

リアルでは躁鬱病の知人は1人しかいません。この人は会社員として働いています。私より年配者で会社員を継続しているので私にとって励みになる存在です。その他、かつて職場で重度の激躁と思われる人を1人知っていました。私の発症以前に何度か話しかけられたことがありますが、ひどい多弁と自慢話と会話の散逸で躁鬱を知らなかった私は、「何なんだ、この人は?ちょっとひどすぎるぞ」とひどく迷惑に感じ、毛嫌いしたことを覚えています。まさか、その後自分も発症するとは知らずにその後、50歳半ばとなった彼は定年することなく自殺したと聞いています。

躁鬱病の発症時期は様々です。10代、20代、30代、40代…と様々です。10代とか20代っていうのは早過ぎて大変だと思います。躁鬱病だという自己認識が就職とか結婚とかの大きな足枷になる可能性は否定できません。私は、発症して病院での診断書記載により躁鬱病だと自己認識したのは30代前半でしたから、健常者という自己認識のまま就職もしていたし、結婚も20代半ばでしていました。また、亡くなってしまった息子も当時は生きていたから4人家族というものを築き上げてもいました。私は、20歳ころの学生初診時に躁鬱病だと判明していればもっと早く対処して再発を防げたかもしれません。しかし、そのことについて後悔はない。精神疾患のレッテルがつくのが遅くて良かった。健常者としての自己認識で人生の就職・結婚・子供誕生といったイベントを過ごせてよかったと思っています。これは偽ざる心境です。

話を戻すと、私はもし人生50年であったなら現在の年齢ならば何とか我慢していく自信はある。たとえ無職になったとしても残り10年くらいならば耐え切る自信はある。でも人生80年と捉えると残りはまだ40年程ある。それを凌げるかと言えば不安です。躁鬱病という病をえて自殺をせず、寿命を全うできるのか。私は自殺をまったく否定しない。しかし、私は鬱思考を脱出している時期であれば祖父や中学時代の同級生たちのように自殺を選択したくはない。もう子供もいる。自殺を選択することなく、他の病気なり老衰なりで自殺とは異なる形態で死を迎えることは果たして可能なのか?

この問題に関して私が求めているのは、若い方の意見ではありません。若い方に光る感性や発想があることは当然しっているし、ブログを眺めることもあります。しかし、私は10代とか20代といった年代はもう通り過ぎた。私には、もう充分な病歴がある。不幸な出来事もいくつか発生した。あまりにも自殺した人間が周囲に多くて、自殺について感傷的になることもない。躁鬱に関する本も全てとは言わないが、ほぼ読了してしまった。医者の意見から学ぶもことも特にない。ネットから躁鬱関連の知識を学ぶことも何年も繰り返してきたからもう必要ない。そんな抽象的な知識ではなく、具体例として躁鬱病を患ってから人生と病気とに抗いながら逞しくしぶとく生き続けることに成功したといえるような先輩方の知恵や言葉にできることなら触れてみたい。こうした私が求めている同病老年者は60歳以上の方々だから、ネット世界にはほとんど存在していないのだろうか?ブログ村に存在しないのであろうか?既に健常者として生活していて躁鬱病カテゴリとは無縁なのだろうか?
関連記事

Newer Entry病気7 家族持ち躁鬱病者の最終手段は『生活保護』しかない

Older Entry病気9 精神病遺伝子の家系的なこと

Comments

 
一度若い頃に自殺を試みて、ほんの偶然により死ななかったですが、その後軽い躁状態の時に結婚しました。結婚後3ヶ月で激欝を発症し家内を悲しませました。もうその時は家内のお腹に子どもは入っていました。結局、子どもは二人授かりましたが激躁激鬱を繰り返し会社を10回ほど変わりました。家内には本当に迷惑を掛けました。二人目を孕んだ時は躁鬱病の遺伝を考えて産むかどうか相当悩んだそうです。後か聞いた話です。後から聞いた話のついでに弟から聞いた話ですが、家内は私が躁鬱病だと知っていたなら結婚はしてなかったと弟に数年前に言ってたのことでした。不孝な女を作ってしまったのです。今は躁鬱が我慢ならないと追い出され別居していまして共通の子や孫を持つ親戚みたいな付き合いを家内としています。
もしも私を看取ってくれるのだったらその際は「迷惑かけたな」の一言は言わないといけないと思っています。現在は薬を死ぬまで飲み続けていこうと思います。寛解していますが、発作の予防です。
 
Re: タイトルなし 
しんじさん、こんにちは
10回位仕事が変わったのってキツイですよね。それでも、しんじさんが耐え凌いで60歳を超えたことって凄いなと思うと同時に勇気をもらえます。

奥さんはやっぱり大変ですよね。うちの妻は私の激鬱が大嫌いだそうです。反応がないし、つまらないし、死んでるのと大して変わらないって。一度本当に落ちると期間も長いし…。発症するまでは周囲から「仲が良いね」と時たまですが言われていました。まあ、今も仲は良いのですが「二度とあんたとは結婚したくない」と優しくない顔で言われます。^-^
 
 
もう奥さんに罪滅ぼしをして生きていくしかないですよ。フラットな状態を出来るだけ継続して奥さん孝行するしかないです。子どもにも尊敬されなくてもいいから軽蔑されないように生きて行きたいです。
家庭だけでなく近隣や社会全般に相当迷惑を掛けてきたから今後は可能な限りボランティアをやっていくつもりです。
 
Re: タイトルなし 
しんじさん、こんばんは
身内は大事にしたいですね、病状が出てしまうと身内も何も、崩れ落ちそうな自分だけで精いっぱいですが…
フラットな状態を持続できるだけ長期的に保って、周囲と調和して生きていきたいです。

 


 
09 2018
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

08 10


 
 
 
人生って終わるまで長すぎる
人生とは、睡眠時間と覚醒時間の合計
 
プロフィール

スティル✪ライフ

Author:スティル✪ライフ
■会社員
■original life text
■転載禁止・終了・リンクフリー
■記事内容・UP時間随時訂正
■✪全100記事のブログ✪■■

 
毎日の花色と四季の風景(美術画像)
 
★こんにちは★2014.10/10⇒スタート
 
■カテゴリ■
  • ◆人生◆(16)
  • ◆仕事◆(10)
  • ◆会話◆(11)
  • ◆お金◆(11)
  • ◆病気◆(11)
  • 【死】(5)
  • 【生】(7)
  • スパイラル(3)
  • 友情・友達・心友論(3)
  • 暴力(10)
  • ■メモ的雑記(5)
  • ■本(3)
  • ■住宅(2)
  • ■旅行記(2)
  • ■レトロ休憩所とか(1)
 
 


ARCHIVE RSS
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。