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仕事3 近い未来の労働環境を考える(2)


Edit Category ◆仕事◆
ありきたりですが、大昔の労働から少し考えてみたいと思います。

紀元前から人間って存在していたそうですが、西暦0年のころから適当に考えます。100年ていうスパンは大体「子・親・祖父母・・・」で考えると昔だと5世代が生まれて死にます。昔の人で適当に考えると「0年」に誕生した人が「20歳」で子供をつくり、「40歳」になったころに20歳の子供が孫をつくる。「60歳」で死ぬ頃には、20歳の孫が0歳のひ孫をつくる。死んだ人が「80歳」になったころにはひ孫が20歳になり玄孫(やしゃご)をつくる。死んだ人が「100歳」ころには玄孫(やしゃご)が20歳になり来孫(らいそん)をつくる。長くとらえてますが5世代で大体100年を消化します。

現在は2014年なので、西暦0年から適当に考えると10世代(200年消化)×10セット=100世代=2000年、つまり、皆さんの『約100世代前の先祖』が西暦0年ころに働いていたのかなと思います。なんか訳の分からない話になってきましたが。少し先祖のことを考えてみますと、私の自殺した祖父がたしか1920年頃の生まれだったのでその2世代前の高祖父母(こうそふぼ)だと1880年ころに生まれていたのかと思います。1867年(いやーむなしい大政奉還で暗記してました。)という明治の混乱と西洋文明開化の花開いた時代に私の高祖父母(こうそふぼ)って何してたんだろ?うーむ、謎です。

話を戻しますが、西暦0年頃の弥生時代って何してたんでしょう?
石器をつくったりして、鹿とか猪とか捕まえてたのかな?農耕技術も進歩して水稲栽培とかひえとか粟とか作って、木の実とったり草を食べたりしてたんですかね?飲み水は湧水とか川の水をそのまま飲むか天日干しでもしてたのかな?
服装はずいぶん適当だったろうと勝手に想像します、白い麻布でも巻いて、それでみんな充分だったのではないでしょうか?豪族とか王族はもう少し権勢を示すために頑張ってたと思いますが。

「衣食住」とよく言いますが、「住」は竪穴式住居とか木造に茅葺とかで簡素なものを住宅ローンなどやっかいなものを組んだりする必要もなく、みんなに手伝ってもらいながら独力でつくっていたんじゃないかな?。「食」もかなり単純で同じようなものばかり食べていたような気がします。「衣」も単純で自分で作っていた人も多かったんじゃないでしょうか?

ベーシックは労働はこれで足りていたでしょう。
それ以外には権勢維持のための兵士的な人とか、呪術の人とか、王族の周囲を補佐する記録係とかが何かしてたんですかね?

まあ、パソコンはない・テレビはない・ケイタイはない・ゲームはない・おもちゃはない・車はない・バイクはない・電気&ガス&水道はない・年金はない・様々な任意保険制度はない・住民税はない・所得税はない・健康保険はない・学校はない・会社はない・企業はない・・・・・というような未整備かつ未発達な社会だったことでしょう。

何が言いたいとかではないのですが、こうした時代と今現在の社会をたまには比較してみるって心が癒されるんですよね。「私は何を得ようとしているんだ?」ってふと思うんです。
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Comments

 
きょうはこれと言ってすることがありません。夕方7時に歯医者に行くくらいですかね。
年金がまだ基礎年金をもらうまではいかず、特別支給の老齢年金と言うもので暮らしています。
生活を切り詰めても貯金を取り崩さないといけません。
貯金が底をつくか死んしまって生活費が要らなくなるか、どちらでしょう。
現在を生きていれば食費、家賃、光熱費、携帯代、交通費、通信費、交際費、医療費などが必要になります。
孫の誕生日にも知らん顔は出来ません。1食170円くらいで過ごしている身で孫にプレゼント。
笑います。
見栄でしょうか。まだまだ裸の王様的生活をしてるんでしょうね。
 
>返信 
しんじさん、こんばんわ
特別支給の老齢年金ですか、60~65歳の方が受給している漸減制度的なものなんですね。
退職されているんですね、退職おめでとうございます^ー^
躁鬱などを経て定年あたりまで勤め上げられた方がいる思うと安心します。

私は、現在寛解してると思うのですが、再発が心配で恐怖感というか不安をときたま感じています。ネットでは高齢者の方の躁鬱ブログなどはちょっと見た記憶がありません。職場で関わりがあった人で50歳過ぎの躁のかなり激しい方がいましたが、その方は自殺したと噂で聞いています。

人生自殺せずにまっとうできるのか、というのも自分の課題のひとつです。
私も無事「定年まで何とか精神疾患を抱えながら辿り着きたい」と思っています。

今ってしかし、本当にあれこれとお金がかかってしまう生活なんですよね。固定費もしかり変動費もしかり。何とかならないものかなと思います。

1食170円くらいだとキツイですね。私も大学休学時代の1年間、すべて自分の稼ぎだけで過ごしましたが、カップラーメンとかキャベツのぶつ切りを生噛りするとかキムチ&生卵掛けご飯とかポテトチップス掛けご飯とかばかり食べてました。「5年くらいこの食生活続けたら死んじゃいそうだな」と苦笑いしながら思ってました。
お孫さんはとてもかわいいんじゃないかと思います。ご家族皆様ご自愛ください。
 
 
大雑把に言ったら転職は10回以上しています。会社で上司と喧嘩したり、仕事が怖くて出来なくなったりしてたいしょくしています。躁が原因だったりうつが原因だったりです。 大学の同級生で新卒で入社した会社に
定年まで勤め上げた人間は数千万円の退職金とちゃんとした年金をもらっています。
私の場合は結局失業したりバイトしたり再就職したりで何とか年金受給資格を得て
年金をもらっています。
50才代半ばの時、ハローワークで県の臨時職員の募集があった時、申し込みました。
募集人数は2名で面接を受けに行くとアラサーの女性がリクルートスーツを着て30名ほど
来ていました。面接をしてパソコンの実地試験を受け引き揚げましたが数日後に不採用の知らせでした。
他にもハローワーク申し込んで数社に履歴書を送りましたが面接さえしてくれませんでした。
中年のおっさんはスキルがないとダメですね。仕事を選ばなかったらあります。
工事現場などのガードマンとビルの掃除人です。しかし不器用で気弱な私はこの職種でも恐怖でした。
静かに静かに生きることがとりあえずの方針です。
 
>返信2 
しんじさん、こんばんわ

>大雑把に言ったら転職は10回以上しています。会社で上司と喧嘩したり、仕事が怖くて出来なくなったりしてたいしょくしています。躁が原因だったりうつが原因だったりです。

察するに本当に大変な人生を過ごしたのだと思います。定年を迎えれたというのではなく、生活のためにギリギリになりながら仕事を探し続けたという状態だったのですね。
激躁や激鬱はほんとうに「人生をもぎとる」というような怖さがあります。
自分の本来的に持っていたはずの精神的強さや我慢や努力が一切響かない、効果がない、病気の気まぐれで全てぶち壊されてしまうといった感じがあります。
しんじさんは、同期の退職金額から海外生活から判断するに誰もが知っている私も知っているであろう大企業に最初は勤めていらっしゃったのだと思います。当然病気発症がなければ、定年まで勤務できたでしょう。その若かりし頃の人生で得たはずの立ち位置をもぎ取られ、取り返すことも決してできず、体調や病状に左右されながらアルバイトや正社員を繰り返したのだと思います。言葉や文章では表現しきれないほどの苦労やその時々一瞬一瞬の思いがあったかと思われます。

>工事現場などのガードマンとビルの掃除人です。しかし不器用で気弱な私はこの職種でも恐怖でした。
静かに静かに生きることがとりあえずの方針です。

病気や人生の大きな屈折・喪失を繰り返していると必然的に弱気になっていくと思います。かつては、サイコパス上司の暴走と闘ったり、仕事を手抜きしたりズルしたりする後輩に対して指導をきちんとしていたのですが、自分が休職したという事実が自分の中にはっきりあって「どんな駄目な人より、休職して同僚に迷惑を掛け、仕事に穴を開けた自分の方が下ではないか、あのサイコパス達すら仕事を長期的に休んだりしていない」と思うようになり、現在は職場の他人に干渉しなくなっています。自信をなくしたというか、自分に対する確信が壊れたというか。
「静かに静かに生きること」がとりあえずの方針というのは、ちょっと分かる気がします。変化に過ぎた人生というものは、精神が枯渇します。
 
 
>自信をなくしたというか、自分に対する確信が壊れた

後輩や同輩から「お前が言うな!」と言われているような気になったんでしょうかね。自分が持っている技術や知識がなんか程度の低いものだと私はよく感じたものです。
ある時、上司が私のいない時に課員に私が病気だからきつい事は言わないように、と言っていたのを扉の陰で聞いた時は皆に顔が合わせられませんでした。
 
>返信3 
>ある時、上司が私のいない時に課員に私が病気だからきつい事は言わないように、と言っていたのを扉の陰で聞いた時は皆に顔が合わせられませんでした。

悲しいような情けないような寂しいような気持ちになりますね。

私の職場でも何がしかの精神疾患で休んだ経験がある人達は少なからずいます。その人達が全員良い人かと言うと、率直にいってそんなことはありません。精神疾患のある私から見ても、ろくでなしだな、性格悪いなという人もいます。

私自身に関係のない業務を何度も丸投げしてきた人もいます。当然、周囲の評判は悪い。本人は何がしかの精神疾患で昔休んでいた話を私も聞いていたので最初は同情的でしたが、業務で関わる度にそんな気持ちは微塵もなくなりました。

そして、同僚とその人間について互いの愚痴を漏らしあっていた時に、私の休職歴をまったく知らない同僚は「あの人って、精神的な病気で休んでたことあるみたいですよ、だからやっぱりオカシイんですね」と話してきて、「やっぱりそういう見られ方するよな、実は俺も精神的な病気で休んでたんだけどね」と心の中でひっそりと思ったことがありました。
 
 
そのタイミングでカミングアウトするのは勇気が要りますよね。
私は無職というより失業中なのですが、就活中にカミングアウトなど
するわけにはいきません。少し苦しいです。
もう人生も残り少ないと思っているので、自分が躁鬱で迷惑をかけた経験や自殺未遂のことを気の置けない友人には話しておこうと考えるときもあります。
それで引かれたらそれはそれでいいと思います。
どこかには自分のそばにいてくれる友人がいるはずだと思います。
 
>返信4 
オープンかクローズが最初の頃は結構悩みました。単純に2極化はできないですね。この人にはオープン、こういった事が起きてしまったのでオープンなど相手や発生した出来事や自分の状態などでオープン・クローズのどちらかを選択するか分かれると思います。たまに、オープンにしたい衝動が強い時もあります。
今は、完全にクローズにしています。躁鬱病自体の病名や症状を知らない人がほとんどですし、たいていの人は病名に興味がないと思います。まれに病名を知っていてオープンにすることで距離をとる人もいますし、マイナスが多いかなと。
ごく身近な親友や同期入社の仲間には病名は伝えています。中には、病名を聞いて完全に離れて行った本当に大切にしていた親友もいました。
それと同時に、たいして気にならないようでいまだに付き合っている親友もいます。
 


 
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