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病気5 障害の子供、悲観して殺害に思うこと


Edit Category ◆病気◆
<生後2カ月女児死亡>「障害ある子、悲観して刺した」と母
(毎日新聞 2014年5月19日(月)12時47分配信) というニュースが本日(5/19)ありました。
概要は、”本日午前3時過ぎ、生後2カ月の女児が腹を刺されているのが発見された。30代の母親は障害を持つ次女の将来を悲観して次女を殺して自分も死のうと思ったと話している。母親は夫や次女ら子ども3人の計5人で暮らしている。母親から連絡を受けた次女の祖母が110番通報した” です。 (※追記:女児が本当に障害児かどうかの真偽は不明のようです。記事自体は継続します)

キーワードは「障害」、「午前3時過ぎ」、「母親は夫と子供3人の5人家族」などでしょうか。

障害は繊細な問題です。軽度なものから本当に重度なものまであります。今回も問題も本当に繊細な部分は、家族にしか分からないでしょう。母親の性格はどうだったのか、精神状態はどうだったのか、健康状態はどうだったのか、父親の性格はどうだったのか、精神状態はどうだったのか、健康状態はどうだったのか、勤務環境はどうだったのか、家庭の経済状況はどうだったのか、月収はどうだったのか、他の2人の子供に障害はあったのか、祖父母のサポートは得られる環境だったのか、母親の友人付き合いや近所付き合いはどうだったのか・・・など数え挙げればきりのない繊細な部分は誰にも分かりません。当事者である母親や、その夫である父親だけが感じていたであろう繊細な部分は本当のところ誰にも分からないと思います。

障害については小学校、中学校などと昔を思い返すと、全盲の生徒・車イスの生徒・知的障害の生徒・頭部肥大の知的障害の生徒・毛髪がまったくない生徒などがいました。ある生徒は小学校のある時期で見かけなくなり、ある生徒は中学校で見かけなくなり、高校では外見からわかる障害の生徒は見かけませんでした。それぞれ、無事高校や大学に進学したのかも知れませんし、養護学校に進んだり、入院したり亡くなったりしたのかどうか詳細は分かりません。そして学校という社会的共通体験のある種守られている時期を過ぎて、成人に到達してから彼らがどういう人生を歩んでいるのかはまったく分かりません。彼らの家族がどのような心境で生活しているかも私には分かりません。もし彼らが生存していれば私と同じように40歳前後の年齢に到達しているはずです。どのような毎日を生きているのでしょうか。彼らの人生の詳細を細部にいたるまで想像できる正しい想像力は私にはありません。

私が自分自身の精神疾患を発症する以前、個人的関心から重度の障害をかかえた娘が20歳で死亡したという母親の講演を聞きに行ったことがあります。その方が書いた本も購読しました。講演や本の中では娘を失った悲しみや愛情が綴られていました。 ところで、20歳で娘が死亡したことは悲しみでしょうか、安堵でしょうか。その中身は、本当のところは、その家族の内心に繊細に包み隠されているでしょう。
次のようなこともありました。知人ではありませんが、顔だけ知っているある母親が37歳になる障害のある娘を殺害しました。娘さんの障害の程度は分かりません。施設に預けており、一時帰宅したときに、殺害しました。その母親は60代半ばだったと思います。

いずれ、厳しい障害への向き合い方は、『何かしらの責任感または絶望感から自らの手で殺害する、子供が息絶えるまで世話をし見守る、子供の将来に不安を抱きながら70年、80年と生き続け子供を残して寿命を迎える』といったいずれかの形を迎えると思います。もっと複雑かもしれませんが。
なお、周囲のサポートの程度や当事者家族の精神状況、経済状況、公的扶助は本当に様々で、個々人の精神的負担はそれぞれまったく違うと思います。
「子供が障害児、二人目を産みますか?」(発言小町・読売オンライン)

私は、会社員生活の中、躁鬱病を発症したとき、家族の殺害が本気で頭をよぎりました。当時の家族構成は、私、妻、長男、生後4か月程度の次男の4人家族でした(長男は後に死去)。当時の日常は次のようなものでした。私は強烈な自死欲求に襲われ「自殺したい、自殺したい、自殺したい、絶望感しかない、絶望感しかない、恐怖感しかない、恐怖感しかない、もう終わった、もう終わった、俺の人生はもう終わった、もう自殺するしかない、自殺が正解だ、自殺が正解だ、自殺してこの世の中から逃れたい、生きることは死より苦痛だ、生きることは死より苦痛だ、もう解放されたい、もう解放されたい、もう終わりにしたい」などという思考にひたすら囚われており、頭の中がシュワシュワというたとえようのない感じになっていました。同じ病気の方だと何となく分かるかも知れませんが、普通の頭痛はズキズキなどの音表現になると思いますが、この病気だと私は、後頭葉とか前頭葉の脳内分泌の異常が自覚できるような感じで、暗鬱な自分の脳内思考と同時に分泌物質の異常でシュワシュワと音表現するのが適切だと思われる脳内状態の異常を感じていました。不快感が強烈で、そのシュワシュワを除くために壁に頭をぶつけたり、手で頭部を何度も強く叩いていました。はたから見たら本当に基地外ですね。そうすると楽になるというより、そうしなければ耐えられないといった表現が適切だと思います。そして、食事をほとんどとらず布団にしがみついて1分1分を我慢し続けるような感じだったと思います。布団に籠るというより、布団にしがみつくという表現が適切だと思います。そして、躁状態での他人への発言や行動を思い出しては強烈な自分への嫌悪感に襲われ、激鬱の重さに絶望するという日々が続きました。妻との会話はほぼ「死にたい」発言に集約されていました。

昼夜の生活は完全にぐちゃぐちゃでした。家族が不在の時には、何度も首に帯やタオルを巻きつけて締め続けていました。私は、青年期にやっていた競技の試合で何度か相手を締め落としたことがありましたし、自分が締め落とされたこともあります。締め落とされることは経験のある人だと分かりますが想像ほどは苦しくありません。首吊り自殺した祖父を少しだけ思い出しながら、あれこれと思考を巡らせて、やはりためらう、という行動を妻の不在時に幾度となく繰り返していました。私は、昼夜めちゃくちゃな生活のなか何時間と寝続けてはふと目を覚まして苦しいだけの思考に囚われ続け今度はまったく眠れないという生活でした。寝ているときだけはすべてから逃れられる、しかし目を覚ませば絶望しかない。(この絶望とは、単純に脳内物質分泌構造のの乱れが産みだした思考の絶望にすぎません。現実には休職診断書により1ヶ月単位で長期的休職を選択していましたし、給与と家計のバランスも大きく赤字に変わりますが、貯蓄で数か月は借入れをせずとも対応可能でした。つまり休職中は、自発的ではないものの休みが確保されており、家計も多少は持ちこたえられる状況にありました。健康な人から見れば、客観的に絶望は存在しないと思います。この時期の絶望というのは、私にとっては脳構造の分泌異常がもたらした内因的な絶望に過ぎません。そして、単純なこの脳構造の分泌異常という病気が私にとっては最も恐ろしく、強烈な自殺衝動をもたらす別格の絶望と呼ぶべきものでした。)私は、壊れきった休職生活を過ごすなか、妻と会話をすることもなく布団を被り、動くこともほとんどありませんでした。私の目は完全に死んでいました。そのような生活の中で、長男の相手をすることは全くなく生後間もない次男の存在も構うことはまったくできませんでした。妻は幼い長男と生後間もない授乳を必要とし頻繁なおしめ交換を必要とし夜泣きをする次男を1人で支えなければなりませんでした。そして、私の発言は「死にたい」のみです。ひたすら暗い空気が家庭内の日常に漂っていました。外部との交流は完全に途絶え、狭いアパートの中で閉塞感が強烈に漂っていました。本当にそんな毎日が延々と続きました。                                                      


私は、布団から出ることもほとんどなければ食事もほとんどしませんでした。私は、働いている同僚達のことを思い出し申し訳ない気持ちに襲われ、出勤できない自分を強烈に恥じ、絶望に囚われているだけの脳内思考がぐちゃぐちゃに破壊された日々を過ごしていました。それが何日も何日も何日も何日も何日もと続き、1週間、1ヶ月と終わることなく、果てしなく長く長く続いて抗鬱剤(抗躁剤と併用)を飲んでも改善しないのです。いつ薬の効果がでるのか、私にも、妻にも分からないのです。先はまったく見えませんでした。その先の見えなさが、強烈な絶望感を産みます。そんなとき『俺が自殺したら、みんな生活できない。俺が自殺してしまって、残された家族に過酷な人生を生き続けさせてしまうくらいならいっそ全員殺すか』という思考がフッと頭に浮かびました。他記事で述べましたが、妻に「俺が死んだらどうする」と尋ねると「他の人とでも再婚する」と言われ私は本当に本当に本当に安心しました。「妻なら俺が自殺しても大丈夫、子供2人と一緒に別な人生を歩める、とにかく俺の手で殺す必然性は全くない」と思い至り、一家心中の思考からは完全に解放されたのです。「死なれたら困る」などと泣かれていたら、私は家族を残して自殺することに対して抱いていた歪んだ責任感から家族を道連れにするという突発的な行動を選択していたかもしれません。


いずれ障害というものは、単純な知識や短絡的な発想で語ることなどできない非常に繊細な問題だと思います。 ちなみにヤフーニュースで上記のニュースとともにこんな記事もありました。
ナイジェリア人身売買の実態 ナイジェリアは人口約1億6000万人だそうです。日本より多いですね。テロ組織による2012年の公的機関の襲撃は364回でその死者は1132名、今年2月には私立中高一貫校が襲撃され死者43名、今年5月5日には女子生徒約200人が誘拐されたそうです。現在、約70万人が奴隷状態にあるそうです。今の社会で奴隷状態って一体どんな状態なのでしょうか。日本とは別格の恐怖を感じます。


世の中って見えないところ知らないところで本当に残酷です。【2014年5月19日作成記事】



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Comments

よく似ています 
この日の記事の6段落目以降の文章を読んで、自分が海外でうつ状態になった時の思考状態にすごく似ているなと思いました。
自殺を敢行しましたが正に神がかり的な偶然で命が助かりました。救急車で病院に運ばれ医者のところ着きベッドに運ばれるまで意識がない振りをしていましたが、医者は意識があると言っていました。
恥ずかしいので意識不明状態をつくろっていたのですが医者はちゃんと分かったみたいです。
その後は恥ずかしながら今も生きています。
 
Re: よく似ています 
> 自殺を敢行しましたが正に神がかり的な偶然で命が助かりました。救急車で病院に運ばれ医者のところ着きベッドに運ばれるまで意識がない振りをしていましたが、医者は意識があると言っていました。
> その後は恥ずかしながら今も生きています。
コメントありがとうございます。
いろいろと大変だったのだろうと思います。
この記事の鬱に関する思考部分はいつか書きたいと思っていたのですが、障害児殺害ニュースに反応して記事を書いているうちに自然な流れで書き出せたものです。当時の苦しみや考えていたこと、日常生活をリアルに描写できたと思います。
しんじさんもあの別格の絶望を体験しているのですね。共感していただいて恐縮です。大変なことが多い人生ですがお互いに楽しめることを少しでも見つけながら生きていければよいですね。お体ご自愛ください。実はブログで初めてのコメントを頂いたので嬉しく感じています。また、遊びにきてくださいね。
 


 
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