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人間関係の飽和状態と飽和が気にならない人


Edit Category 友情・友達・心友論
人間関係には飽和状態があると思っている



例えば、仕事をしていて、家族がいて、子供がいると友達と遊ぶ時間は限りなく皆無になる

例えば、部活で仲の良い友達がいて、クラスにも仲の良い友達が何人かいると飽和状態に満足して、転校生が入ってきても友達になりたいとは特に思わない

例えば、毎週末に遊ぶ友達が何人かいて、数か月に何度か遊ぶ友達が何人かいて、正月やお盆に帰省した時に遊ぶ友達が何人かいると友達がそれ以上欲しいとは思わない

例えば、幼稚園や小学校でママ友が何人かクラスにできてくると新しいママ友が欲しいとは思わない



例えば、例えば、例えば、・・・人間関係には飽和状態がある



飽和状態に満足できている人は、それ以上友達が欲しいとは思わない、新しい人間関係用に用意できる空き時間は、その人の生活時間軸に存在しない

例外はある、非常に魅力的な存在の登場、そうした存在の人は飽和状態の人間関係にもサラッと自然体で入っていく、そうした存在は飽和状態の人にとっても魅力的で、ちゃっかり空き時間を産みだして、親近感を大切に育て新たな人間関係を創り得る



飽和状態だなと感じた時期が何度かある、学生時代の人間関係、職場の人間関係、家族との時間、「新しい人間関係を築きたくないかも」と感じた時期が何度かある



しかし、時間軸が直線的に未来に伸びているのと平行して、人間関係は流動的

職場は転勤や人事異動や数年に一度ぐるっと変化するし、子供の成長に伴い、クラス替えや進学でママ友も変化する、中学校や高校や大学進学で環境もぐるっと変わる



人間関係は、直線的な時間軸のなかで断ち消えていく

何度も、何度も、何度も時間の流動的な流れのなかで断ち消えていく

人間関係は未来的な時間軸においては「切断、切断、切断」を本質的に含んでいる



だからある程度は、人間関係の飽和状態は変動する、欠員枠が生じれば、新たな人間的つながりを自然と欲しくなったりもする





ところで、人間関係の飽和を気にしない人がかつて身近にいた
同僚上司で、仕事はいい加減で、正直酷かったが、キャラで許してしまった

私は彼が不思議で、彼の振る舞いや言動をけっこう観察していた

一緒に仕事をしていたからこそ彼のようなタイプを身近で観察できた

彼は、60歳の定年の3ヶ月前に脳梗塞で突然死んだ

仕事納めの12月末日に「来年もよろしくお願いします」の挨拶を会社の出口でして別れて、彼はその日に飲みに行ったまま死んでしまった



この人は、しかし、しかし、しかし、人間関係の達人というか、恵まれた人間というか、惹きつける才能というか、人間関係の飽和状態が存在せず、どんどん人間関係を築けてしまう人だった、そういった人間に自分がなれることはないが、憧れは多少ある



面白い、愛想がいい、豪快によく笑う、アホな話ばかりする、明るい

正確には、皆ときちんとした『人間関係を築く』という訳ではない、気が向いた時だけ、ただ暇潰しにちょっと話す、ただ暇潰しに黙っている人に声を掛ける


その場、その場の空気に違和感なくす~っと馴染んで、『人間関係を築く』んじゃなくて、本人の暇潰しのために面白く話し掛ける、だから、みんな警戒しない



彼の人間関係は無限に増殖していくんだな
という畏敬の気持ちを私は抱いていた




私は飽和状態に満足するタイプだったし、それ以上の増殖は苦痛に感じるタイプだった、無駄に感じるタイプだった、だから私は話すべき相手を選別する



暇潰しが本人の主目的だから、彼の会話には、人間関係には、しつこさやねちっこさがない





会話でいろんな人間を包み込んでしまう、会話モンスターか?





この人の葬式は同僚だから、職場対応要員として仕事外で受付を担当した

しかし、来る来るくるくるクルクル人が来る

結婚式と違い、葬式というものはあまり人が来ない、家族以外の人々が仕事を休んでまで行けるものではないし、仕事後に疲れた体で他人の葬式に行くのも骨が折れる、面倒なら普通は余程親しくないと行かない、それでも人がくる



何度か葬式に出たことがあるが、たいていは退職後の年寄(同僚の親)とかで、参列者は本当に少ない、現役だと同僚関係で多少は増えるが、一番少ないのだと親戚合わせて、息子の同僚合わせて20人くらいしかいなくて、これはこれで少なくて驚いた(会場の広さがひどく目だって、人の少なさが際立った、会場設定ミスだ)



会話モンスターの葬儀には200人くらい人が来た、席が足りず、奥の壁に立っている人までいた、香典の数はもっと多い、告別式だったか、通夜だったか、たぶん告別式だったような気がするが200人くらい人が来た、一般人の葬式では最高クラスの出席者じゃないかな、あれは(ただの係長だったから、お偉方の義理出席や関係業者の出入りで数が多いのとはちょっと違った)

「あの人かあ」と年配、若手、女性と関係なく記憶に残る存在の人だった
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